福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住所:〒910-0383福井県坂井市丸岡町長崎19-17 電話番号:0776-66-3675
称念寺トップページへ戻る

文化財のご紹介

称念寺の文化財

戦乱や天災、歴史変動などにより多くの文化財が失われました。しかし、それでもこれだけの物が大切に守られてきました。

他阿真教上人像 たあしんきょうしょうにんぞう
他阿真教上人像
他阿真教上人は一遍上人が開いた時宗の2代目の上人で,正応3年(1290)に称念寺を念仏道場とした。称念寺本は現存する最古の他阿真教上人像である。
絹本著色 鎌倉時代の作。
(国指定重要文化財)
※他阿真教(1237-1319) 一遍上人の一番弟子
天皇宸翰 てんのうしんかん (天皇直筆の書簡)
天皇宸翰
天皇の勅願寺であった称念寺には、寛正6年(1465)の後花園天皇の綸旨が残っている。 また、後奈良天皇、霊元天皇の綸旨や戦国大名の古文書等も大切に保管されている。
(坂井市指定文化財)
※綸旨:天皇の命を下に伝達する文
浄土三部経 じょうどさんぷきょう
浄土三部経
浄土教の根本経典は無量寿経上・下・観無量寿経・阿弥陀経の4巻に分かれている。いずれも斐紙に銀泥堺線を引き,墨書で書かれており,見返りには三尊迎光図が描かれている。鎌倉時代の作。
(福井県指定文化財)
寄進状や禁制 きしんじょうやきんせい
他阿真教上人像
朝倉敏景、織田信長、柴田勝家、羽柴秀吉等の大名からの寄進状や禁制等が多数残されている。上の写真は天正元年(1573)織田信長が朝倉攻めに際し、称念寺に与えた強奪、暴行、放火等を禁じる禁制である。
(坂井市指定文化財)
九重の石塔 ここのえのせきとう
天皇宸翰
寛永16年 (1644)建立 当時新田義貞公300回忌に当たり福井藩主から寄進状や禁制を受けているので、この石塔も福井藩主の松平氏の寄進と思える。
(坂井市指定文化財)
新田義貞公墓所墓石 にったよしさだこうぽしょぽせき
浄土三部経
天保8年(1837)新田義貞公500回忌に福井藩主松平宗矩が建立した高さ2.6m余りの五輪石塔である。下2段は旧墓石である。
(新田義貞公墓所 福井県指定史跡)
阿弥陀三尊来迎仏 あみださんぞんらいごうぶつ
他阿真教上人像
阿弥陀如来,観音菩薩,勢至菩薩の立像の三尊仏であ る。木造で鎌倉時代末期のもの推定され,称念寺縁起によると,豊原寺から移されたものである。
(坂井市指定文化財)
松尾芭蕉句碑 まつおばしょうくひ
天皇宸翰
月さびよ 明智が妻の 咄せむ
元禄2年(1689)8月 松尾芭蕉が称念寺に立ち寄り,明智光秀の夫婦愛の話を聞き,感激して詠んだ句である。
称念寺縁起書 しょうねんじえんぎしょ
浄土三部経
長禄3年(1459)1月 第17代遊行上人が制作したもの である。称念寺は泰澄太師が創建し,時宗の念仏道場となり,新田義貞公の墓所であることが料紙17枚に書かれている。
(紙本墨書 坂井市指定文化財)
遊行上人縁起絵巻断簡模写 ゆぎょうしょうにんえんぎえまきだんかんもしゃ (称念寺蔵)
遊行上人縁起絵巻断簡模写 作者不明
上の写真は正応3年(1290)他阿真教上人の越前布教の様子が描かれている絵巻の断簡である。永徳元年(1381)頃 阿弥陀三尊来迎仏像と交換に,この絵巻を称念寺から豊原寺へ納めたと伝えられている。

文化財一覧

称念寺縁起(1459年) 長禄3年遊行17代上人筆。1459年頃書かれた称念寺の歴史書。
阿弥陀三尊像 豊原から伝えられたという鎌倉時代の仏像。市文化財。
浄土三部経 装飾経で三部四巻。浄土教の根本教典。鎌倉時代の物。県の文化財。
他阿上人真教画像 時宗2代目の上入で称念寺の開祖の絵像。国の重要文化財。鎌倉時代の物。
十八名号(1290年代) 他阿上人真教が書いた南無阿弥陀仏の軸。鎌倉時代の物。
道場制文(1290年代) 他阿上人真教が書いた僧侶の守るべき掟。鎌倉時代の物。
14代太空上入書(1395年) 応永2年遊行上人が書いた手紙。
歴代遊行上入が書いた和歌の短冊(1553年頃より) 天文21年~ 1553年ころより。
新田義貞の木像 享保11年修復。
お墓 県指定。
位牌 室町時代の物と徳川時代の物。
新田義貞着用の物。
徳川幕府の香典目録(1737~1837年) 400、450、500回忌の物。
後花園天皇綸旨(1428~1464年) 綸旨とは天皇の手紙。いずれも市文化財
後奈良天皇綸旨(1526~1557年)
霊元天皇綸旨(1663~1687年)
綸旨由来書
足利義政寄進書、同目録(長録2年)1458年頃  
朝倉敏景令書(文明5年、1473年) 称念寺を移転せよとの命令書
朝倉系図(慶長19年) 朝倉系図で最も古い物。市文化財。
織田信長禁制(天正元年、1573年) 織田信長が越前を平定した頃の書。
柴田勝家禁制(天正3年、1575年) 柴田勝家が越前を支配した時。
羽柴筑前守禁制(天正11年、1583年) 柴田勝家がほろんだ時。
丹羽長重禁制、同寄進書(天正11年、1583年) 柴田勝家がほろんだ時。
ページトップに戻る