称念寺のご紹介|福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住所:〒910-0383福井県坂井市丸岡町長崎19-17 電話番号:0776-66-3675
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称念寺のご紹介

称念寺の近況(最近の様子をお伝えします)

住職も皆さんのおかげで、2018年も元気に新田公の顕彰に励んでいます。

2017年

7月2日
新田義貞公680年忌大法要が開催されました。大盛況でした。
7月2日
称念寺叢書8冊目の『称念寺のあゆみ』が発行されました。
10月24日
台風で、倒木の被害。雨で本堂内の床・石塔・塀が、大被害を受けました。
12月26日
本堂内部の塗り替え・補強修復工事が終了しました。塀も修理が済みました。
12月31日
昨年に続き、午後3時からの除夜の鐘を実施し、NHKの取材がありました。

2018年

1月1日
修正会で、皆さんの一年間の幸せを祈りました。
1月15日
本堂内の床・窓等の修理が完了しました。
2月8日
大雪で、庫裡その他の建物屋根・立木等が大被害を受けました。
3月30日
坂井市教育委員会の支援で、倒壊した九重の石塔が修復できました。
5月28日
雪害による庫裡の屋根修復工事が終了しました。
6月8日
地元2社の新聞社紙面に、境内の菩提樹の満開の様子が紹介されました。
6月15日
称念寺叢書9冊目の『白山信仰と泰澄大師』が完成しました。
6月30日
新田公681年忌法要 12時40分より~

※境内修復の募金活動は、継続中です。一口3000円です。無料のパンフレットが本堂前にあります。分譲墓地の販売も継続中です。

今年は、称念寺の未指定古文書を坂井市指定文化財にするために、研究活動中です。

交通アクセス

福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住      所 :
〒910-0383
福井県坂井市丸岡町長崎19-17
電話番号 :
0776-66-3675
日中の連絡先は、隣りのまごころ保育園へ
0776-68-0756
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称念寺霊園

称念寺霊園190区画 平成25年4月に分譲を開始しました。
詳しくはこちらのページをご覧ください。

称念寺の主な沿革

養老5年(721)
泰澄太師が長崎に阿弥陀堂を創建した。
正応3年(1290)
称念坊兄弟等が伽藍を整備して、時宗の念仏道場となった。
延元3年/暦応元年(1338)
新田義貞公の遺骸が葬られた。
長禄2年(1458)
室町将軍家は安堵状と寺領を寄進し(約100町歩)、将軍家の祈祷所となった。
寛正6年(1465)
後花園天皇の綸旨を受けて、天皇家の勅願寺となった。
文明5年(1473)
朝倉時代に寺境内は長崎城となり、一向一揆の戦乱で、金津の東山へ墓所を除き避難移転した。
永禄5年(1562)
明智光秀公が門前に寺子屋を開いた。
慶長8年(1603)
結城秀康は称念寺に38石を寄進した。 以後,歴代福井藩主からの寄進で、寺が整備された。
元禄2年(1689)
8月芭蕉が称念寺を訪ねた。
元文2年(1737)
新田義貞公400年忌大法要(6月30日~7月2日 の3日間)義貞の位牌の年号を暦応元年へ変更された。
安永4年(1775)
境内3000坪に大伽藍(30の建物)完成
天保8年(1837)
新田義貞公500年忌法要
明治
明治に入り、神仏分離令により寺は没落した。
大正13年(1924)
寺が再興され、伽藍が整備された。
昭和12年(1937)
新田義貞公600年忌法要
昭和23年(1948)
福井震災で全建物が倒壊した。
昭和42年(1967)
震災復興落成式
昭和63年(1988)
新田義貞公650年忌法要
平成9年(1997)
新田義貞公660年忌法要 鐘堂建立
平成19年(2007)
新田義貞公670年忌法要 住職高尾察誠に交代する。
平成29年(2017)
新田義貞公680年忌法要 本堂大屋根他改修する。

称念寺の定例行事

正月
正月・修正会
4月1日~4月8日
花祭り
6月末~7月上旬
新田公年忌法要
奉賛会主催の諸行事
8月中旬
高椋地区戦没者慰霊法要
秋の彼岸法要
大晦日
大晦日除夜の鐘
年末年始の境内ライトアップ

出版物のご案内

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