福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住所:〒910-0383福井県坂井市丸岡町長崎19-17 電話番号:0776-66-3675 メール:takao@mx3.fctv.ne.jp
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称念寺のご紹介

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丸岡の織物を使ったオリジナル御朱印帳を販売します。 一冊1,700円(御朱印を書き入れたものは2,000円)郵送料は1冊500円です。 ご希望の方は、お葉書等でお申し込み下さい。 仏様にお供えしてから、送ります。土日は、寺でも販売しています。

御朱印

交通アクセス

福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住      所 :
〒910-0383
福井県坂井市丸岡町長崎19-17
電話番号 :
0776-66-3675
メール:
takao@mx3.fctv.ne.jp
観光ボランティアを希望される方は、称念寺が受付になっています。
0776-66-3675
takao@mx3.fctv.ne.jp
  • ハピラインふくい丸岡駅下車(丸岡駅は常駐タクシーが無いので要注意)徒歩約45分
  • ハピラインふくい春江駅下車、タクシー利用で約10分 徒歩約50分
  • ハピラインふくい福井駅下車 京福バス丸岡城行で、丸岡バスターミナル下車からタクシーで約15分
    または八ツ口(やつくち)下車徒歩15分(回数は少ないので要注意)
  • 車で来られる方は
    北陸高速道路 丸岡インターから車で約10分(国道8号線一本田交差点経由)駐車場有
  • 飛行機は
    小松空港より福井行きバスで、丸岡インターで下車、タクシーで約10分

※北陸の観光は、公共機関が不十分なため、自家用車かレンタカー等が便利です。
称念寺には、トイレ完備の駐車場があります。

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称念寺霊園

称念寺霊園190区画 平成25年4月に分譲を開始しました。
詳しくはこちらのページをご覧ください。

称念寺の主な沿革

養老5年(721)
泰澄大師が長崎の地に阿弥陀堂を建立した。
正応3年(1290)
称念坊の三兄弟が、時宗二代の真教上人を慕って長崎道場を開く。
延元3年(1338)
新田義貞公が灯明寺畷で戦死され、遺骸を称念寺に葬る。
長禄2年(1458)
室町将軍家は安堵状と寺領(約百町歩)を寄進し、将軍家御祈祷所となる。
寛正6年(1465)
後花園天皇の綸旨を受けて、天皇家の勅願寺となった。
文明5年(1473)
寺境内は長崎城になり、一向一揆の戦乱で、金津の東山に避難するように朝倉から指示がある。(実際に動いたかは不明)
永禄5年(1562)
明智光秀公が美濃より家族でのがれ、門前で10年間寺子屋を開く。
慶長8年(1603)
結城秀康は称念寺に38石を寄進した。以後、歴代の藩主も続く。
元禄2年(1689)
8月松尾芭蕉が明智の黒髪物語を取材する。
元文2年(1737)
幕府により新田義貞公の400年忌法要が実施される。
安永4年(1775)
境内に約30の大伽藍が整備される。
天明8年(1787)
幕府により新田義貞公の450年忌法要が実施される。
天保8年(1837)
幕府により新田義貞公の500年忌法要が実施される。
江戸末期~明治初年
神仏分離令・版籍奉還等の混乱により寺が没落する。
大正3年(1914)
広島の高尾察玄氏が本山特命住職として入寺した。
大正13年(1924)
高尾察玄氏により寺が再建され、伽藍が整備される。
昭和12年(1937)
再興会により新田義貞公600年忌法要が実施される。
昭和23年(1948)
福井大震災で、すべての伽藍が倒壊した。
昭和42年(1967)
高尾察良氏が震災復興落成式を行う。
昭和63年(1988)
新田義貞公650年忌法要を実施。
平成9年(1997)
新田義貞公660年忌法要で、鐘堂を再建した。
平成19年(2007)
新田義貞公670年忌法要。住職が高尾察誠に交代した。
平成29年(2017)
新田義貞公680年忌法要。本堂大屋根等の改修。

称念寺の定例行事

正月
正月・修正会
4月1日~4月8日
までの日曜日に花まつり(灌仏会)
6月中旬~7月上旬
菩提樹の観賞会・桔梗の花観賞会
6月末~7月上旬
新田公年忌法要
奉賛会主催の諸行事
8月中旬
お盆の棚経
12月28日~31日
昼でも突ける除夜の鐘実施
大晦日
大晦日除夜の鐘(PM2:00~12:00)
昼でもつける除夜の鐘
春・秋
彼岸法要

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