福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住所:〒910-0383福井県坂井市丸岡町長崎19-17 電話番号:0776-66-3675
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称念寺のご紹介

称念寺の近況 2021.5.1現在

住職も、皆さんのおかげで、令和3年(2021年)も元気に新田公の顕彰に励んでいます。

2020年~

1月
雪もなく、正月の修正会を開催できました。皆さんの幸せをお祈りしました。
1月6日
称念寺の鎌倉期~明治期までの古文書・絵図の約60点が坂井市の文化財に指定されました。
1月8日
NHK歴史ヒストリア(明智光秀)で称念寺が紹介されました。数度の再放送有
1月~12月
歴史図書・雑誌・新聞・テレビに明智光秀公関係の取材が多くなりました。
特に福井新聞・日刊県民福井・朝日新聞・読売新聞・日本経済新聞に応援いただきました。また、県の朝倉資料館の学芸員石川美咲さんから大きな応援を頂きました。
1月19日
NHK大河ドラマ(麒麟がくる)の放映が始まりました。
1月30日
称念寺おもてなし実行委員会が正式発会しました。会長は瀬戸康次郎さんです。
2月9日
称念寺おもてなし実行委員会のボランティア研修が行われました。たくさんの方が参加してくださいました。
2月初旬
観光客が増えるも、コロナで観光バスのキャンセルが増えだしました。
4月5日
花祭り(仏さまの降誕会)を実施しました。
5月17日
日刊県民福井にオリジナル御朱印帳が紹介されました。これが中日新聞の東海北陸版に紹介。さらに、ネットニュースでも紹介され、全国から注文が来ました。
5月24日
大河ドラマに称念寺と住職が登場。(光秀公が称念寺門前で生活する場面です)
5月30日
境内に大河ドラマのグッズ店が開店(観光協会が運営)
6月初旬
コロナ拡大防止で、1年間観光客が増えたり減ったりの状態が続く。
6月中旬
境内の菩提樹の花が満開で、鑑賞にたくさんの方が来られました。
6月27日
新田公683年忌法要 講演は、石川美咲さんで「称念寺をめぐる武将達」でした。
7月11日
称念寺をデザインした絹のマスク前で、コロナ終息の祈願祭を本堂でおこないました。テレビ・新聞の取材がありました。(2回実施)
7月25日
境内の桔梗の花が満開になり、テレビ・新聞で紹介されました。
9月14日
丸岡高校3年生小林さん(俳句大賞受賞者)が、俳句を奉納。テレビ・新聞で取材
11月21日
長崎遺跡現地説明会。称念寺周辺が室町時代に栄えていた遺跡が確認されました。
12月28日
日中の除夜の鐘(保育所の5歳児)が、テレビ・新聞で紹介されました。

2021年~

1月8日
大雪で国道等がマヒで、生活に支障がでました。境内の樹木等にも被害が出ました。
3月
観光おもてなしボランティアが好評で、形を変えて継続されることになりました。
6月26日
新田公684回忌の法要予定です。今年は泰澄大師開基1300年の法要です。

※境内修復の募金活動は、継続中です。一口3000円です。昨年は山門修理に使わせていただきました。
無料・有料のパンフレットが本堂前にあります。無人小冊子の実費販売コーナーもあります。
分譲墓地は、現在も販売中です。

素敵な御朱印帳の販売開始

丸岡の織物を使ったオリジナル御朱印帳を販売します。 一冊1,700円(御朱印を書き入れたものは2,000円)郵送料は1冊500円です。 ご希望の方は、お葉書等でお申し込み下さい。 仏様にお供えしてから、送ります。土日は、寺でも販売しています。

御朱印

交通アクセス

福井県史跡 新田義貞公御墓所 称念寺(しょうねんじ)

住      所 :
〒910-0383
福井県坂井市丸岡町長崎19-17
電話番号 :
0776-66-3675
日中の連絡先は、隣の「まごころ認定こども園」へ
0776-68-0756
観光ボランティアを希望される方は、DMOさかい観光局が受付になっています。
0776-82-1555
info@dmo-sakai.com
  • JR丸岡駅より
    本丸岡行き京福バス  舟寄バス停で下車し徒歩10分
    回数が少ないので要注意
  • タクシーの場合
    JR丸岡駅・JR春江駅から  タクシーで10分
    京福バス丸岡ターミナルから  タクシーで5分
  • 車でお越しの場合
    北陸高速道路  丸岡ICから車で約5分(一本田交差点経由)

※北陸の観光はレンタカー使用が便利です。

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称念寺霊園

称念寺霊園190区画 平成25年4月に分譲を開始しました。
詳しくはこちらのページをご覧ください。

称念寺の主な沿革

養老5年(721)
泰澄大師が長崎の地に阿弥陀堂を建立した。
正応3年(1290)
称念坊の三兄弟が、時宗二代の真教上人を慕って長崎道場を開く。
延元3年(1338)
新田義貞公が灯明寺畷で戦死され、遺骸を称念寺に葬る。
長禄2年(1458)
室町将軍家は安堵状と寺領(約百町歩)を寄進し、将軍家御祈祷所となる。
寛正6年(1465)
後花園天皇の綸旨を受けて、天皇家の勅願寺となった。
文明5年(1473)
寺境内は長崎城になり、一向一揆の戦乱で、金津の東山に避難するように朝倉から指示がある。(実際に動いたかは不明)
永禄5年(1562)
明智光秀公が美濃より家族でのがれ、門前で10年間寺子屋を開く。
慶長8年(1603)
結城秀康は称念寺に38石を寄進した。以後、歴代の藩主も続く。
元禄2年(1689)
8月松尾芭蕉が明智の黒髪物語を取材する。
元文2年(1737)
幕府により新田義貞公の400年忌法要が実施される。
天明8年(1787)
幕府により新田義貞公の450年忌法要が実施される。
安永4年(1775)
境内に約30の大伽藍が整備される。
天保8年(1837)
幕府により新田義貞公の500年忌法要が実施される。
江戸末期~明治初年
神仏分離令・版籍奉還等の混乱により寺が没落する。
大正3年(1914)
広島の高尾察玄氏が本山特命住職として入寺した。
大正13年(1924)
高尾察玄氏により寺が再建され、伽藍が整備される。
昭和12年(1937)
再興会により新田義貞公600年忌法要が実施される。
昭和23年(1948)
福井大震災で、すべての伽藍が倒壊した。
昭和42年(1967)
高尾察良氏が震災復興落成式を行う。
昭和63年(1988)
新田義貞公650年忌法要を実施。
平成9年(1997)
新田義貞公660年忌法要で、鐘堂を再建した。
平成19年(2007)
新田義貞公670年忌法要。住職が高尾察誠に交代した。
平成29年(2017)
新田義貞公680年忌法要。本堂大屋根等の改修。

称念寺の定例行事

正月
正月・修正会
4月1日~4月8日
花祭り
6月中旬
菩提樹の花 観賞会
6月末~7月上旬
新田公年忌法要
奉賛会主催の諸行事
8月中旬
高椋地区戦没者慰霊法要
大晦日
大晦日除夜の鐘(PM2:00~12:00)
昼でもつける除夜の鐘
春・秋
彼岸法要

出版物のご案内

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